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今回から、おもにドイツを中心に、新たに発展しているボードゲーム/カードゲームの魅力について書いていこうと思う。
もっとも、ボードゲームやカードゲームについては、ウノとかモノポリーは知ってるけれど、そうしたもののどこが新しいんだ、と感じる人もきっと多いことだろう(ウノやモノポリーは知ってるよね?)。こうしたボードやカードを用いるゲームは昔からあったし、いまじゃ、そんなものより、コンピュータゲームをはじめとして、デジタルなものの方がずっと目新しくておもしろそう、とパッと見には思えるからだ。
かくいうぼくもそうだった。
ボードゲームはいくつか昔から遊んでいたけれど、余程おもしろいものでなければ、何回かプレイするとパターンがつかめて飽きてしまうし、そうしたおもしろいものは、おいそれとはないからだ。例えば、モノポリーは何もない頃にはおもしろくてたまらなかったが、何だかその類似品ばかりがよくあるなァ、という状態になると、興味も失せてしまう。
その頃に見つけたアクワイアというゲームは、とんでもなくおもしろかったけれど、悲しいかな、他にこうしたおもしろさのゲームがつぎつぎ出るということはなかった(少なくとも日本では)。そうなると、これもいつもいつも遊んでいたら飽きがくる。モノポリーとアクワイアを交互に遊ぶ──結局、こうした方法に落ち着いたが、それでも限界はあった。
やがて、ゲームの世界は‘飽きがこない’という方法論の発展で、データ的に詳しく、ルールもやたら詳しいシミュレーションゲーム(当初はウォーゲーム)やRPGが登場してきて、新しい時代に入った。ちょうどその頃から発展したコンピュータともこれらはマッチして、いわゆる<ゲームの時代>が華開くことにもなったわけだ。
まあコンピュータゲームは、いまのところ一人遊び(ゲーム業界ではソリティアと呼ぶんだけど)の偉大な発展形なので、ちょっと置こう。多人数で遊ぶゲームの世界では、いまはたくさんのカードの中から選んで遊ぶというトレーディング・カードゲームが大きな勢力となっている。これもいろんなカードにさまざまなデータが記入されていて、それをどう組み合わせるかが楽しいというデータ中心ゲームだ。
これらは、しばらくはまさしく‘飽きがこない’くらいおもしろいので、まだまだユニークなものが出てくることだろう。
だけど、ゲームの世界はほんとに広い。
そうした近年のデータ中心型ゲームとはまたちがう面で、とてもおもしろいものがいくつも登場している−−それが、ここに書いているドイツ製ボード/カードゲームなのだ。
これらも、やはり従来のものとはちがって、‘飽きがこない’ようにいろいろ工夫されている。
ただそれはデータ中心の複雑な形ではない。モノポリーやアクワイアから連綿と続いている運とスキルを巧みにまぜあわせた多人数ゲームを、そこそこ簡単に、そして短時間に、という、すべての面でコンパクト化、ダウンサイジング化が図られているのだ。
でも、簡単にしたら、それこそすぐに飽きるんじゃないかって?
いや、ところがそこには奥の深いゲームシステムと、そして、これが一風変わっているのだが、現実の事柄になんとなく結びつけたユーモラスな感覚が備っているのだ。
そう、これが一種いわく言い難い魅力となっている。
シミュレーションのように、細かくらしく遊ぶのじゃない。根本は鋭く論理的なのだが、それだけではなく、同時に愉快で、オモロイと感じられるセンスが隠し味となっている。おそらくこれは児童ゲーム、教育ゲームから発展してきた理由もあるのだろうが、それがなければ、ドイツ製ゲームはシステムの論理やキレはすばらしいけれども、お利口さんだけが楽しめるアブストラクト(抽象型)ゲームというようにとられて、いまのようなヨーロッパやアメリカでの広がりは持ちえなかっただろう。
例を挙げるなら、『6ニムト』の牛の首がそうだ(詳しくは「AX」5月号を読んでね)。
牛首というマイナスポイントを集めないことだけに、つまり勝ち負けだけに執着するなら、あのゲームにもそれなりの必勝法(というか負けない方法)はある。
つまり、牛の首を全然取らないなんてことは狙わずに、早目に数の小さいカードを出して、マイナス1〜2点くらいの牛首の列を引き取ってしまうという方法だ。
さらに、こうした際、常道であるマイナス1〜2点ではなく、マイナス4〜5点くらいある列を引き取ることで、他の(勝っている)プレイヤーを狙い撃ちにすることも、ある程度はできる。意外な列がずれることで、他のプレイヤーの思惑までずらしてしまえるからだ。
こうしたやり方を用いると、1回の勝負ではわからないが、長く続けたならマイナス点の合計でドベを引かない可能性は高い。
もちろん、限界はあるけどね。つまり、2〜3回の勝負では、それをやっていても、たまたま運悪く牛の首が当たりだすと、まちがいなく最下位(ドベ)になるし、とにもかくにもひと勝負で1位になることは非常に難しい。2位や3位なら、狙えるんだけど。
それに、そんな‘負けないやり方’というおもしろくもない戦術に、はたして意味があるのか、という点もある。
つまり、あの牛首を集めた最下位というのがくせもので、本来ははやしたてられるどんくさい立場なのだが、しかしまあ、よくそこまでばかばかしいカードを集めたものだという賞賛(?)に近い感覚をプレイヤーは抱いてしまうのだ。
勝っても、勝ったプレイヤーは喜んでいるが、べつに偉いわけではない。ここでは負けた方が一種のアンチヒーロー的な立場に立ってしまうのだ。このユーモラスな価値の逆転が、真剣なゲームの結果起こるというところがすばらしい(もちろん、ウケを狙って、わざと負けに行くというのは、ゲームのマナーとして失格だぞ)。
勝つ満足という価値観と負けてもオモロイという価値観のバランスを、うまく双方にスポットが当たるよう取ってあるところが、絶妙だと思う。
他にも、この種のいわく言い難いユーモラスな感覚のドイツゲームというのは数多い。代表的なものとして、巨大なモアイ像が競争するという『イースター島』というゲームがある。
じっさい、これを遊んだ人は、まちがいなくバカゲーだと口を揃えて言うのだが、そのあとたいていは‘もう1回遊びたい’となる。
理由は、ユーモラスでぶっとんだ発想をゲームにしているから。でも、それと同時に、ちゃんと論理的なゲームにもなっているから。ゲームは、巨大なプラスティック製のモアイ像に、実際の小石を入れて運びつつ競争する。最終的に勝つのは、レースで1、2位のうち、モアイ像の中に入っている小石の数の多い方−−これだけならただのバカゲーだが、そこに、石を入れるか、像を進ませるかの論理的なゲーム判断を実に緻密に組み込んである。
そして、その上で、像の中に入っている石の数がどちらか多いか、像を持ち上げ、軽く振ってみて真剣な顔つきで推測するという、ばかばかしさの極致がちゃんとゲームとして機能しているのだ。この前も、久しぶりに遊んでみたら、わずか石の差1個だけで逆転が起こっていた。うっ、どっちが多かったっけ、重たいのはこっちなんだけどなあと、奇怪なモアイ像を両手で天秤にかけつつ、しげしげ眺めてみての結果である。このあほらしさと紙一重の、いわく言い難いユーモア感覚──これぞ、ぼくはドイツの新しいボードゲームの真骨頂だと思う。
勝ち負けははっきり論理的に存在する。しかし、負けの中に、なんとも言えないいろんなおもしろさが潜んでいる。そこをクローズアップできるゲーム。
‘勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし’と語った野球監督がいたが、ここでは‘負けにオモロイ負けあり’というのがぴったりだろう。
今回は、書ける量も少なくなったので、『6ニムト』がおもしろいと思った人に、似たようなカードゲームでやはりおもしろい2作を紹介しておこう。
『6ニムト』が6〜10人と、多人数で遊ぶのがおもしろかったので、今度は4〜5人と、3人で遊ぶのがおもしろい快作だ。
4〜5人用で、手軽に遊べて盛り上がるのが『はげたかの餌食』。
これは『6ニムト』よりももっと簡単。
−5点から10点までの15枚のカードのどれかが、場にさらされる。
これに対して、プレイヤーは各自1から15までのカードを持っていて、場にさらされたカードを獲得しようと(あるいは、マイナス点なら獲得すまいと)、‘いっせーのせ’で1枚出す。いちばん大きなカードを出したプレイヤーが場にさらされたカードを獲得する。
これを15回行って、獲得したカードの合計点を競うというもの−−実に、簡単だ。
ルールは簡単だが、実際にやってみると、ここでも悲鳴と喚声が交錯する。
プレイヤーのカードは使い捨てだから、どこで取りたいカードを狙うかが大事なのは、だれでもわかるだろう。でも、その他に大事なルールがあって、プレイヤーの出した数字が同じならキャンセルが起こって、それは無関係。つぎに大きな数字のプレイヤーが獲得してしまうのだ。
この味付けがひとつあるだけで、ゲームは大混乱。場の10点カードを狙ったプレイヤーが4人とも最強の15のカードを出し、あとの1人が9くらいのカードを出したりしたら、このプレイヤーが丸儲けをしてしまう。
もっと厳しいのがマイナス点の場合。最初に−2くらいの場のカードで、あるプレイヤーが1のカードを使って取るのを避けてしまうと大変。後で場に−5が出たら、他の4人は1を出すだろうから、もう逃げられない。ここで2を使ったりすると、つぎに−4が出たとき、これも引き受けてしまうことになる。
かくして、『6ニムト』と同じように、一人でマイナス点カードを独占して、‘はげたかプレイヤーの餌食’になってしまい、爆笑を買うこともよくあるのだ。
3人用でおすすめしたいのは、『フリンケ・ピンケ』。こちらはユーモラスというよりは、頭がピリピリするような決断のジレンマ感を覚えるゲームだ(頭が痛くなるのとは、ちょとちがう)。
5色の0〜5までのカードがある(合計30枚)。プレイヤーはこれを9枚配られ(3枚は使わない)、自分の番にカードを1枚出して、出した色ではないチップを1枚取っていくだけのゲーム(チップは各色6枚)。どれかの色のカードが6枚出た瞬間にゲームは終わる。そのとき、各色カードで最後に出ていた数字が基本点。チップ1枚につき、この基本点を獲得でき、合計点の多いプレイヤーの勝ち。これを最初のプレイヤーを変えて、3回行う(手番の早いプレイヤーがどうしても有利だから)。
簡単なゲームだが、これが不思議なくらいおもしろい。計算の苦手な人はいやかもしれないが、基本的なやりかたくらいは誰でも推測がつくだろう。基本点の低くなる0や1、あるいは高くなる4や5のカードをどの段階で使うかだ。人の持たない色のチップをたくさん取っていると、てきめんにその色は低い点にされやすい。かといって、小判ザメ(他のプレイヤーの取ったチップの色を追っかける)では遅れを取ってしまう。
あっちを取るか、こっちを取るか、ゲームが終盤にさしかかると、各プレイヤーはジレンマにうんうんうなりだすけれども、楽しくて苦しい決断というのがぴったりなゲームだ。
今回はカードゲームを中心に並べたけれど、ボードゲームにもおもしろいものはいくつもある。でも、ひとつこうしたゲームを遊ぶ上で注意してほしいのは、ひとつのゲームばかり遊んでほしくないこと。いくつか(最初は4〜5つくらい、慣れてきたら10くらい)をその日のメンバーにあわせたり、自分の気分にあわせたりして選んで遊んだら、いつまでもこの楽しさは持続する。
生涯の楽しみは保証された、というやつだ。
それくらい価値ある作品が、じっさいに登場している──これもまた、まちがいのない事実なのだから。
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